萬坊庵・つれづれの記(BLOGと演奏情報)

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カテゴリ:thought/idea( 8 )


2013年 11月 12日

「眼」と「眼」~映画『共喰い』に寄せて

初めも終わりも無いのに、どこから書き始めればいいのか。

ヒトの間のデキゴトと、その傍らにある、時の間に流れているようで停まっているモノたちの存 在。
作品を超えて、この世界の無常と不可思議な均衡が心に湧き上がり、染み渡ってくる。

『共喰い』は、映画化の話が持ち上がったときから心待ちにしてたから、封切と同時に観に行った。
観て、先ずホッとしたのは、田中慎弥のどこまでもStill lifeを見据える「眼」が充二分に映画化されたということ。

後半のストーリーの「付足し」は、青山真治の何時もの「眼」である。
それが何であるのかは敢えて言うまい。
それは唐突で不器用であるが、青山氏の誠実さと僕は思った。

作品を観て、ディテールの批評をどうこう書く、という気には今でもなれない。
この短文を書くのに2ヶ月余りを要した。
反復と咀嚼と忘却。

by ryosai160 | 2013-11-12 20:03 | thought/idea
2012年 04月 24日

映画:キム・ギドク『アリラン』を見る

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「映画が撮れなくなったので自分を撮ることにした」と語るキム・ギドク自身しか登場しない、モノローグ風の作品。「風」というのは、決してモノローグではないからだ。「キミとボク」のような明快かつ単調な主客の世界はこの作品にはない。
現実に存在する自分、影として存在する「自分」、自然としての「自分」。それらの「沢山の自分」が登場し、何層もの「語る」「見る」行為(それは「語る自分」を撮影した映像をパソコンのモニターで「見る自分」を固定したビデオカメラで撮影する、というシーン・・・更にそれを映画として全く第三者の観客<その中には当然、この映画を見てこのブログを描いている僕も居る>が見る・・・に象徴される)を通して、全編でしばしば語られる「人生」という言葉を解体し、無に帰するような、激しい虚無の渦を感じた映画。
どれが「本当」なのか分からない『「自分」という現象』を徹底的に突き放すこと。それが、「突き放す」という美学(もう一寸具体的にいえば「生と死の紙一重の酷薄さ」)で映画を創ってきたキム・ギドクのこの作品時点での到達点なのではないか。
「アリラン」を熱唱したり、かつて撮影した映画を独り見て涙に暮れるシーンさえも、一見素朴な様でいて実は何だかカメラの存在を意識し前提にした「周到に用意された」行為のようにも思えるのだが、思わずこっちまで泣けてくるのは何故か?「感情」は共有できる、ということなのか。
全ては計算ずくなのか?山に篭って、人との交わりを絶ち、3年も映画を撮っていないのも、ひとえにこの『アリラン』のためなのか。
で、そういうモノローグ風なシーンから、最後らへんで手作りのピストルを片手に、多分嘗ての恨みを晴らしたい人物達を次々に殺していき(そのシーンは暗示されているだけだが)お終いに自死する、という完全虚構のハードボイルドな幕切れに自然に移行し、エンディング・・・という思いがけないカラクリにリアリティを感じ、最後まで眠らずに飽きずに見通すことが出来た。
このキム・ギドクって人は、つくづく、侮れない確信犯だなあ、と思いつつ、映画館を後にした。

by ryosai160 | 2012-04-24 19:43 | thought/idea
2011年 07月 31日

7/31 雑記

①youtubeをサーフィンしてたら、「世界で一番孤独なギタリスト」ローレン・コナーズの最近のライブがUPされていた。
ずっと以前から沢山リリースされているCDを細々と継続的に購入している細く長いファンの僕としては、闘病中とも伝えられシャイなその性格と相俟って表立って派手な活動は出来ないようである彼のギターを弾く姿が見れるのは嬉しい限りだ。さすがに細かいパッセージは無理のようだけど、彼の音がそこにはある。僕は個性という言葉は嫌いだが、・・・
http://www.youtube.com/watch?v=YZcaQa4DYCQ
「伝えたいこと」をギリギリのエッセンスまで絞り込んで大きく解き放つ、その精神性は、身体が不自由となっても、いや、それだからこそも含めたところで一層際立って、僕の心を直撃する。
「音」しか鳴っていない・・・・


②先日27日に急逝された電子音楽家レイ・ハラカミ氏のツイッターを偶然見た。
亡くなった日にも、「死」の予感が微塵も無いような彼の日常そのものの書き込みがあった。
その書き込みの後、日常と身体を繋ぐ「意識」がなくなったのだろうか??

・・・・ハラカミ氏含め、もうこの世に居ない人々のページが、ネットにまだ存在していることがあって、それらを読むと、何とも名づけようの無い感慨に襲われる。
日常における書き込みが、そのまま「遺書」となって、ネットを漂っている。
そこにはその人が生きていた痕跡があるけれども、・・・・
この痕跡こそが、そのまま、そこで生きてそこで「死」んで行っている証なのだろうか?
「無常」「歩歩完成」
という禅的な言葉が脳裏をよぎる。

by ryosai160 | 2011-07-31 22:45 | thought/idea
2010年 12月 31日

今年は

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(今年1月・野母崎にて)


生きる、ということに対して、身近に感じたり考えたりすることの多い年だった。
単なる弔いに止まらずに、僕たちが、その人たちと過ごした時空間のその掛け替えの無さを思い起こしながら前に進まなくてはならないのだ・・・・とばかりも思えずに、虚無的になることもあり。
良く分からない、というのが正直な結論だけど、それでも、そこに、心奪われる風景があれば、心奪われよう。
そして、小さな一歩を進めたい。

by ryosai160 | 2010-12-31 19:55 | thought/idea
2010年 06月 27日

なんとか見えてきた

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先日購入したカオスパッド3をやっとエフェクターのセッティングに組み込めた。
先週スタジオで配線してみたら、音が鳴らなかったので、時間も無いのでやむなく今までのセッティングにして、その時は練習を終えた。
今日、雨降りでスタジオに行くのが億劫だったので、部屋で色々配線をいじってみて、
「あ~~そうだ、無理に今までのセッティングの中に組み込もうとせずに、今までのセッティングを外部音源に見立ててその外にカオスパッドに繋げば上手くいくかも」
と思いついた。先週思いついとけよ(笑)、っていうぐらいの単純な事実なんだけど・・・・・(電気の知識も基礎も殆ど無いので応用が利かないのだ、トホホホ)
今までのセッティングではどうしても出来なかった試したいことも出来たし、なんとか見えてきた。目標として、8月のおおたか静流&Asian wingsのライブで使えるようにしていこうと思う(目標がないとただの緊張感の無い音響遊びになっちゃうし)。
前回の関西ツアーの時に、「あ~~ここでこういう音が使えたら・・・」っていうことがライブ中にあって、それは、イメージどおりの音が演奏出来ないもどかしさでもあり、その時にアッサリ諦めてたら良かったんだろうけど・・・・飽きっぽいくせにこういうところで不思議としつこい性格なので(苦笑)、機材探しを含めて3年ぐらい掛かって、そのワリには出来てることはそんなに多くないんだけど・・・
亀の歩みでも、歩んでいけたらいいとは思う。

そしてそれが吉と出るか凶と出るかは・・・・自分次第、ですナ。
必要な音を必要なときに、そういう心構えで常に臨みたい。

by ryosai160 | 2010-06-27 20:44 | thought/idea
2010年 05月 22日

KORG カオスパッドKP3

先日、注文していたブツが無事到着。
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コレはイイ。
ハッキリ言って、ハヨ買っときゃー良かった・・・とちょっと後悔。
まあしかし、今、値崩れしてるし。
元は3万ちょっとなんやけど、僕は取り寄せで2万円で入手。
(因みに天神パルコの石橋では22000円で出てた。多分後続機種が出るんだろうな、近々。)

何がイイかというと、エフェクトの数が半端ではない。全部使うことは無い、と断言できるが(笑)、それだけ、夢が見れて楽しい。
実際に今使っているエフェクトのシステムに組み込んで遊んでみると、音もイイ。一番試したかったディストーションが綺麗にかかる。コレで洒落でスモークオンザウォーターをやったら面白いだろうな。ボコーダーもいろんな種類がある。いかにもDJ的なスクラッチ効果の入っているディレイもある。
出音自体はデジタル的なんだが、愛用しているアレシスのairFXと併用すると、ファジーな感じでも、デジタルな感じでもイケるので、更に変態プレイが可能。
あと、サンプリングも出来るので、簡単なSEも使える。

色々出来ていいと思うが、その分、的を絞って使わないと、危険な感じ・・・・
ただのオタク的ごった煮電子雑音になってしまう。

慣れていくしかないな。
エディット能力を高めよう。

あとは、配列を考えなきゃ。

で、一番心配してたスクラッチ式の操作パネルは、足指で操作OK。
結構擦りやすかった。
(手は尺八を吹くので、塞がってしまい、足で操作するしかないのである)

by ryosai160 | 2010-05-22 23:55 | thought/idea
2010年 05月 15日

音と遊ぶ

最近、別のところに書いた、音に関する2つの雑記。
(細部は一寸手直ししてます)


5/8
今日もライブなのだが、結局、今までズット使用しているエフェクターのセッティングでこれからも行こうということで、飽きるまで行くつもりなんだけど、最近は色々と便利機材は出ているが、だからどうしたという気もある。そういうの使ってて、魅力的な音を出す人って、果たしているのかどうか。こないだダブマロニクスのマロンさんとご一緒したが、なんか古いぼろぼろの機材を繋いで、まるで生き物のように音を出してたのを見たり、彼と三隅の夕暮れの海辺で話して、アクアボムの頃はパソコン使ってたけどオモロないンで止めたんや、という言葉も印象に残った。そういや、レイハラカミは20年前からおんなじ機材を使ってる、という記事も読んだことがある。僕のシステムも一応過不足無く完成されてるし、シタールの田中峰彦先生にも「これ全部、自分で考えたん?スゴイなぁ、このシステム、ゴッツく無い割にはフレキシビリティーがメッチャあるやん!」とお褒め頂いたし、変えるの面倒だし、ということで。ただ、便利なエフェクターケースを導入したので、これからは、いちいちライブ前と後にほとんど配線しなくて済むようにはした(と偉そうに言ってるが、OTIS!佐伯さんのご助力でこうした、有難うございまCHU!!)。しかし、これ、ライブをバンバンやってた頃に、こうしたかったヨ(涙・・・・そのうち、ライブで忙しい日々がまた、訪れるのだろうか??まずは、今日をバッチリ乗り切ろう。というか、潤司&一紗夫妻の大らかなヴァイブレイションに懐を借りて、ただただ無心に吹くだけだ。


5/14
ライブ活動では尺八+エフェクターというパタンが多いが、出音をトータルに色付けとか加工するということをしてみたくなった。
こないだマロンさんの演奏を見て、何となくソウ思ったのだが。
ラップトップという考えも当然浮かび、それ用のソフトもネットで探しだが、パソコンは面白くない・・・ということで、とある機材を考えていたが、それがたまたま楽器屋の通販で新品同様中古品で安く出ていたので注文した。
来たら早速、色々遊んでみようと思う。
ちなみに、機材は・・・一年前に一楽まどかさんが使ってたのを見て興味を持った、KORGのカオスパッドKP3。Youtubeなどで使い方を探ってみたらイケそうだったので。

演奏を切断・再加工しながら、面白い感覚のものが出来そうな気がする。
こないだのパサールでは、アイデア的には結構いいところまで行ったのだが、もうちょっとだったから。

それとは別に・・・というよりも同時進行で、こないだのはいから倶楽部でソロでバッハのサラバンドを吹いたが、いかにも尺八という感じの力の入ったものだったので、「笛」という観点からリラックスしてアプローチしなおしてみたい。
こっちはエフェクターとは関係なく、興味を持っている「古楽」のフレーズの連なりとそこから醸し出される響きを自分なりに求めてみたいのだ。

どっちにしろ、自分が興味を持ったことを面白がれば良い事だと思う。
古楽と電子音を融合する気なんか無い。
融合できないし。

最近は心を閉ざしたまま表面的な「技術」でその場をしのごうとするような行為・表現が目に付くので、自分はそうしたくないだけなんだ。



1週間の間に、考えが微妙に変化しているのがわかる。
この間に、夏から秋へのライブの依頼を数件受けたのもあり、ちょっと、意欲的になってきたようだ(笑)。
とにかく、「自分が楽しめること」を目指して、準備して行きたいと思う。
月日はあっという間に経つものだから。


それから・・・・昨夜、バッハのサラバンドの演奏をYoutubeで漁ってたら、クラシックギターの素晴らしい演奏に行き当たった。
テンポ・強弱・アタック・・・全てが練りこまれているのに、重くなくて、自然な感じ。
引き込まれていった。
http://www.youtube.com/watch?v=haLQqvE9phw
演奏している方は、北峯千裕さんという大分在住のプロの方。
失礼ながら存じ上げなかったけど、機会があればお会いしたい。

by ryosai160 | 2010-05-15 13:11 | thought/idea
2010年 04月 11日

尺八の音・電子の音

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俄かにライブが増えてきたので、アイデア整理の為に小さいスケッチブックに色々と書き込む。
最近思っているのは、「尺八の音で電子音のようなカンジに出来ないか」ということ。
エフェクターを使って、尺八の音に電気処理を加えて様々な音を生み出すのはこれまで散々試してきたが、たとえば海童道祖のように、「電子的宇宙との交歓・交感の末に発せられた竹の音」というような、尺八そのものの音で・・・・
とかナンとか考えてて、昨日インド映画を見てたら、音楽に使われているバンスリ(インドの横笛)の音が、あたかも電子音のような波を描いて音の周波数帯を滑らかに上下するのが聴き取れた。これだ!と思って、映画を見終わった後、喫茶店で、丁度持っていたヨシダダイキチ氏の『シタールのほん』を読む。
音階とかメロディを基調にしつつ、僕の思いが実現できそうな気がしてきた。
あとは、使う音を設定して、色々実験してみようと思う。
新しい世界を垣間見て広げよう。

参考音源

Karlheinz Stockhausen/Stimmung
Paul Hillier conducting Theatre of Voices (Harmonia Mundi)

シュトックハウゼン御大の、声による作品集。
世界各地の声の音楽(ホーミー、ケチャ、ヨーデルなどなど)や電子音を思わせる世界を声のアンサンブルで表現している。

by ryosai160 | 2010-04-11 00:34 | thought/idea