萬坊庵・つれづれの記(BLOGと演奏情報)

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2006年 10月 08日

ここ数日の出来事

10/6
今日は夜はふかみさんとイオンで練習であった。話で殆ど終わった気もするが(笑)色々とイイ感じで人脈を拡げているようですナ・・・・
来月12日のスゥエインさんとフェルト作家の吉本さんとのコラボ「空(くう)をつかむ」のステキなフライヤーも頂いた。「博多笑い塾」の方が制作に協力してくださるそうで、様々な層の方が見に来てくださることになるだろう。
そのほか「ノーマジーン」という久留米の女性対象のミニコミ誌にも記事が出ているとの事。僕のことも一寸出ているらしい・・・

練習も上手くいき、公私ともハードな日々で肉体的にはかなり疲労していたが、気分は上々。 後1回練習して、来週14日は良いライブになりそうである。

帰りはイオンから最寄の駅まで歩いて帰る。
イオンの周りは昔は田んぼだらけで今は福岡有数の再開発地区。
整地された空き地が広がっている。草茫茫として虫の声。
空には真ん丸い月。中秋の名月。
何れはビルやマンションで埋め尽くされることになる。
その前の宴。
願わくば、この空間を人間の欲望で埋め尽くさないで欲しい。


10/7
韓国ライブのDVD編集がやっと終了。
佐藤さんたちと演奏した「ピッソゲヨイン(雨の中の女)」は何時までも忘れられない演奏となった。僕なりに心を込めて演奏した。昔福岡でコプチャンチョンゴルのライブを見た時に、ああ~エエ曲やなこんな曲やってみたいな~と思ったことが実現して感無量。
野外の大会場で、エフェクターを駆使した演奏が出来たことも意義深い。終演後、佐藤さんのマネージャーのジミヘンさん(顔がジミヘンにソックリの韓国人)が「サイケデリック!!」といって駆け寄ってくれたこと、抱擁したことが忘れられない。

・・・・さて、頼まれていた人に発送せねば。


夕方から出掛けて、小倉スミックスに「新しい天使」を見に行く。

本来はテント用にかかれた芝居をハコで上演、という風に受け取ったが、どうしても空間が平面的になりがちである。が、その中で、歴史と記憶というヤツ=厄介な観念、をリアリティのあるものにしたいという役者の意思を感じた。大変、サイケな印象を受けた。センテンテキニアタエラレテイル時空間を歪め、ワープし別の世界への可能性を垣間見る瞬間を数々と見た。
正直芝居を見ていると退屈するのだが、それは無かった。むしろ一寸短くて物足りなかったぐらい。ま、僕がこの芝居に出演している大月君をはじめ何人かの人に思い入れがあって、その思いもあったせいもあるのだが。制作団の一員として関わったことも色んなメモリーの突破口になったと思う・・・

音楽は申し分なし。俺がどうこう言うことは無い。ただ、浸った。

それにしても、天使の絵が素晴らしい。終演後ジッと見入る。何時までも見て居たかった。何時までも。

打ち上げにて、「うずめ劇場」の演出の藤沢さんと来年2月の僕が音楽を担当する公演に就いて少し話す。三島由紀夫の話が多かった。彼について色々と面白い話題になった。ともすれば、美学的政治的にのみ言及されがちな彼だが、もっと違う見方が出来るのではないかということ、とか。音のほうは、また考える材料が出来た。


何時もは小倉にて何か食って帰るのだが、総裁の提案で、タンタン麺とオムライスのセットを食いに小倉を早々に出て、市内東区へ。
あ~~日本の味やな~~コクが利いとるな~~~とシミジミ思いながら食す。
そのあと西区のキャナリーカフェへ。夜カフェ。苦い珈琲が旨い。韓国は全体的に食べ物の味に苦味が無かった気がする。


10/8
一日ユックリする。
韓国で買いためたシン・ジュンヒョンのCDを聴く。
「アンチャク」「無為自然」。
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年輪のある、格調の高いサイケデリックロック。古き良き物をそのまま継承発展して、韓国の伝統をも感じさせる試みも随所にある。こういうロック、いや音楽を聴きたい、というその直球ど真ん中。ここまで熟達した音楽もそう無いのではなかろうか。
なので、何時までも聴いている。浸っている。
シンチョンのホテルで何回も聴いた「都市鶴」も素晴らしかった。

by ryosai160 | 2006-10-08 19:51


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